デジカメエキスパート 虎の巻

写真を知る ― 過去の名作~現代デジタル写真

ポートレート

ポートレート1  FILM 
林忠彦  Photo:Tadahiko Hayashi
「太宰治」©林忠彦作品研究室
Check Point
ここに写されたのは小説家の太宰治で、この写真は終戦直後の銀座のバーで撮られた。日本の敗戦は新たな文学と、太宰をはじめとするスター作家を誕生させていた。写真家は当時、事務所代わりに使っていたバーによく太宰らが集うのを知り、親しくなってこの写真を撮った。退廃的な作品で知られていた太宰のこの写真は、違った人間性を語るものとして、大きな評価を得た。太宰のカメラを意識しないくだけたポーズは、この写真家であったからこそ撮れた一枚といえるだろう

ポートレート2 FILM 
林忠彦  Photo:Tadahiko Hayashi
「坂口安吾」©林忠彦作品研究室
Check Point
太宰治とならんで戦後を代表する作家の坂口安吾。太宰の一枚が、酒場でのくつろいだ朗らかな表情をとらえているのに対し、雑然とした仕事場でカメラをにらむ表情が強烈な印象を与える。写真家は坂口とも親しくなり、仕事場に入る機会を与えてもらったが、執筆中の坂口にとっては不快だったのだろう。しかし、その険しい表情と散らかった仕事場によって、坂口の性格や創作の苦しさは、よりはっきり伝わった。作家のイメージを決定づけた、写真家の代表作となったのである

ポートレート3

 DIGITAL 
魚住誠一  Photo:Seiichi Uozumi
Model:丹羽なほ子(アイル)
Check Point
無国籍的な感じのする街角で座り込む姿は、自由で奔放な女性というイメージを作っている。もちろんこのイメージは、彼女のほんとうの姿というより、写真家とモデルによって作られたものである。ポートレート写真の課題は、被写体にとってはどのように自分を見せたいかであり、写真家にとってはそのイメージをどう実現するのかである。その具体的な手法やコンセプトがなければ、いわゆる被写体に撮らされたといわれる、弱い写真になってしまうのである

ポートレートとは

人間にとって最大の関心事は、つねに人間自身にあった。写真の発明から現在まで、撮られてきた多くのポートレート(肖像写真)を見ると、そのことがよくわかる。
ただし、ポートレートの撮り方、あるいは撮られ方はずいぶんと変わってきた。たとえば19世紀のポートレートを見てみると、いまと違いモデルの表情にはほとんど笑顔がない。ただ、じっとポーズをとっているだけなのだ。
この当時に使われていた、フィルム以前の感光材料はとても感度が低く、一枚の写真を撮るのにたいへんな時間がかかった。そのため背後から首を固定する器具を使っており、とても笑ってはいられない状況であった。また、このころの肖像写真の大きな目的は、その人の職業や社会的地位を表すことにあったから、とくに笑う必要もなかったのだ。
しかし、20世紀に入り写真がより普及してくると、人々は写真の力がもっと強いことを知るようになる。つまり、写される人の外見だけでなく、その内面を写真が詳細に語っていることに気づいたのだ。そこで他人に向けた親しみのサインとして、写真で笑顔を作るようになった。またライティングで陰影を強調したり、撮影地を海外に求めたり、ときには撮影中のハプニングをも演出として利用するようになってきた。
たとえばカナダの写真家であるユーサフ・カーシュは、英国の首相チャーチルを撮影したとき、チャーチルが手に持っていた葉巻をさっと奪いとった。機嫌を損ねたチャーチルがカーシュをにらみつけた瞬間、シャッターが切られた。時代は第二次世界大戦のさなかだったため、この写真は戦う首相のイメージを象徴する一枚となった。このように写真家は被写体の感情をもコントロールし、ひとつのイメージを作り出してきたのである。
私たちの生活のなかで撮られる写真でも、演出が存在する。成人式や七五三、そして結婚式など家族の記念写真では、親は親らしく、子は子らしく写されることが多い。友だちどうしで撮るプリクラでも、仲のよさを強調するノリのいいポーズをとるだろう。
そう考えると、ポートレートは社会に被写体の存在や人格をアピールするとともに、写された被写体の間でその絆を確かめあう役割も果たしているのだ。

 


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