デジカメエキスパート 虎の巻

写真を知る ― 過去の名作~現代デジタル写真

ドキュメンタリー

ドキュメンタリー1

 FILM 
ロバート・キャパ ©Robert Capa/Magnum Photos Tokyo
"Omaha Beach. June 6th, 1944"
Check Point
連合軍による第二次世界大戦の勝利を決定づけた1944年6月6日のノルマンディ上陸作戦を取材したロバート・キャパの代表作。海岸沿いでの激しい戦闘の撮影は、まさに命がけだった。パラシュート部隊とともに降下し、海上で撮影した写真は、残念ながらカメラぶれによって「ちょっとピンぼけ」の粗い画像になってしまった。しかし、それが逆に戦場の迫力をみごとに表わす結果を生むことになったのだ

ドキュメンタリー2  FILM 
今岡昌子  Photo:Masako Imaoka
Check Point
悲惨な戦闘のシーンを撮ることだけが、ドキュメンタリー写真家の役割ではない。たとえばこの写真家は紛争や震災から、暮らしを立て直そうとする女性たちをテーマとした。そこには、同じ女性としての共感もあったのだろうか。バザールの裸電球に輝く女性の瞳が、人間の希望とたくましさを表現している

ドキュメンタリー3  FILM 
今岡昌子  Photo:Masako Imaoka
Check Point
粗末な小屋のなかの母と子のクローズアップ。レンズを見る子どもの不安そうな瞳が印象的だ。このように一歩踏み込んで撮ることで、見る者により強い感情を与えることができる。ドキュメンタリーの撮影のためには、なにより被写体とのコミュニケーションや、相互の信頼関係を築くことが大切な課題になる

ドキュメンタリー写真とは

社会的な事件や問題をテーマとし、それを写真家自身の視点で多角的かつ深く掘り下げてゆく。そして新聞や雑誌、または写真集などのメディアを通じて人々に問いかけ、さらに社会を変えるひとつの力になること。これがドキュメンタリー写真家の仕事だ。それには客観性のうえに、さらに独自の芸術性があってはじめて説得力をもつ。
ドキュメンタリー写真というジャンルが誕生したのは、19世紀末から20世紀初頭。ニューヨークのスラムで暮す移民をとらえたジェイコブ・リースや、工場などで過酷な労働を強いられた子どもたちを撮影したルイス・ハインの仕事がその代表といえる。とくにハインの写真は、児童労働法の成立に大きく寄与した。やがて1930年代になると、ドキュメンタリー写真が盛んになってくる。その技術的な理由は、まずライカの登場(1925年)に代表されるカメラが小型化かつ高性能化したことだ。どのような状況でも写真が撮れるようになり、ロバート・キャパに代表される、悲惨な戦場の実態を取材する写真家も数多く登場してくる。
また印刷技術が進み、写真を雑誌や新聞でより活用できるようになると、写真を主体としたグラフ誌が登場した。その最大のものが1936年にアメリカで創刊された週刊の『LIFE』で、1967年には780万部という驚異的な総発行部数を達成する。ユージン・スミスなど優れた写真家が、こういったグラフ誌で優れた仕事を残した。
日本に目を移すと、本格的にドキュメンタリー写真が撮られるようになったのは1950年代の後半から。高度成長のひずみで生まれた労働問題や公害問題、原爆などが残した戦争の爪痕などがテーマとなった。その代表的な写真家が土門拳である。また1960年代に入ると国内では水俣病などの公害、国外ではベトナム戦争をドキュメンタリー写真家たちは積極的に撮っている。
しかし、やがてテレビがジャーナリズムの主役になり、『LIFE』も1972年には廃刊となる。ドキュメンタリー写真の全盛期は1950~60年代であったが、社会のさまざまな問題に取り組む写真家はいまでも少なくない。

 


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