なぜプロは双眼鏡を使うのか? Featuring Nikon MONARCH HG

現場撮影:加藤丈博

ニコン MONARCH HG
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天体撮影や野鳥撮影のプロの現場において必須アイテムのひとつとされる双眼鏡。天体や野鳥に限らず、カメラの望遠レンズさえあればたしかに「遠くを見る」ことはできるのだが、構図の手がかりとする、あるいはその先に起こりうる決定的瞬間を読むためには、双眼鏡で観察することが重要であると茂手木氏、中野氏は語る。今回は両氏に、双眼鏡を使う理由から、双眼鏡選びや使い方のポイント、そしてニコンの最新モデル「MONARCH HG」を使用した印象まで、それぞれの視点で語っていただいた。

茂手木秀行が双眼鏡を使う理由
決定的瞬間をとらえるには被写体をよく観察することが重要

茂手木秀行茂手木秀行(もてぎ ひでゆき)
1962年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、出版社マガジンハウス入社。雑誌『クロワッサン』『ターザン』『ポパイ』『ブルータス』の撮影を担当。2010年フリーランスとなる。1990年頃よりデジタル加工を始め、1997年頃からは撮影もデジタル化。デジタルフォトの黎明期を過ごす。2004年/2008年雑誌写真記者会優秀賞。レタッチ、プリントに造詣が深く著書に『Photoshop×Camera Raw レタッチワークフロー』(ワークスコーポレーション)、『美しいプリントを作るための教科書』(朝日新聞出版)がある。長時間露光、超高感度は学生時代からの研究・制作テーマであり、当時から現在まで作品表現の中核としている。所有している双眼鏡の数は9台。

写真を撮るということは、なんらかの被写体に対して何がしかの感情を持ち、興味を抱いているということだ。それゆえ、眼前の被写体のことをよく理解するということは、ひいては自分自身の感情や表現をしたいと願う気持ちをよく知ることにもつながる。その被写体をよく知るための道具が、顕微鏡であり、天体望遠鏡であり、双眼鏡である。古来より物体をより詳細に観察したいという欲求が生み出した道具は、デジタル映像全盛の現代にあってもその価値を失っていない。目の前のものを肉眼で、肌で感じるものと同時に脳へと直接送り届けるものだからだ。なかでも双眼鏡は小型であり、視界も広いためフィールドで扱いやすい光学製品である。鳥や星を撮る、風景を撮る……およそ屋外で撮影する被写体を観察するためにもってこいなのだ。

例えば、時計を撮ろうと思うならその時計を手に取り、触感を確かめながら美しいアングルを探すだろう。あるいは料理を撮るなら、皿に取り香りを感じ、味を知って、もっとも食欲がそそられる光を探すことだろう。近付くことのできないフィールドでの被写体にそれらと同じことを提供してくれるのが双眼鏡なのだ。どんな被写体でも変わらない。被写体をよく知ることが、技法としても表現する気持ちとしても、写真には大切なことなのである。

双眼鏡は軍事とともに発達してきた。その本質が目指すところはいち早く異常を発見し、敵味方を区別することである。天候や時間などさまざまな環境の中で求められるもっとも大切な性能は視界の広さと明るさだ。倍率は手持ちのできる範囲の適度なもので良い。高倍率で仔細な観察をするのは天体望遠鏡やスポッティングスコープの役割である。単眼で見るより双眼で見る方が、人間の感じる解像力は高くなるので、双眼鏡は広く明るい視野で迅速に対象を観察できる道具という位置付けなのだ。日露戦争当時、日本艦隊参謀であった秋山真之はいち早く双眼鏡の本質と有用性に気づき、若き士官であった自身の年収にも近いようなドイツ製双眼鏡を私費で購入したそうである。現代においてもその本質は変わらず哨戒や海難救助の現場での、第一の道具は双眼鏡だ。平和な現代において、双眼鏡が求められる領域は趣味としてのバードウォチングやスターウォッチングにまで広がってきたのだが、同時にそれらは写真にもつながっており、野鳥や星空を撮影する写真家にとっても身近な道具なのである。

被写体を観察するだけではなく、身の安全を守る上でも欠かせない

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    日が暮れたばかりの薄暮の時間は肉眼ではまだ星は見えない。まず明るい星を双眼鏡で見つけ、そこから星をたどって北極星を見つけ出す。星空雲台を使って星を点として写すためには星空雲台を北極星に向けて設置しなければならないからだ。

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    カメラバッグと星空雲台を収めたケース。「ニコン D810」をメインに広角から軽い望遠まで一通り持って行くが、撮影対象によって超望遠レンズや赤道儀を持って行く。星空雲台のほかにはタイムラプス雲台とバッテリー、レンズヒーターなどが入っている。双眼鏡も必須アイテムだが、ダハプリズム仕様の「MONARCH HG」なら小型で邪魔にならない。

さて、僕自身の双眼鏡の使い方を記そう。星空の中には星雲や星団というものがあるが、写真にはよく写るが肉眼では見えにくいものがある。そうしたものの位置を確認し、構図を考える手がかりとするのだ。地平線近くの星も肉眼では見えにくいので同様だ。星雲・星団を望遠レンズでアップにする場合は最近は電子化された望遠鏡で自動で視野に導入するのだが、やはり最初の位置確認は双眼鏡だ。そして撮影の合間に、じっくりと双眼鏡で星空を観察することは楽しみのひとつであり、被写体への理解なのである。

そしてもうひとつ。長時間露光での海の風景は僕のライフワークであるが、この時にも双眼鏡は欠かせない。大洋に面した海辺では、凪のように、あるいは穏やかな波しか見えない場合であっても、突然大波が押し寄せることがある。大きな周期のうねりの波だ。それゆえ、海の撮影中は常に沖を意識し、大きなうねりの有無を注意していなければならない。日中は肉眼でも事足りるが、夜の撮影では双眼鏡は必須だ。明るい視野の双眼鏡なら夜の海のうねりも見えるからだ。こちらはまさに哨戒であり、双眼鏡の本質に求められる使い方だ。

かように双眼鏡は、写真家にとって、僕にとって、精神的にも実利的にも手放せない道具なのである。

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    超広角で夏の天の川を撮る。自分が銀河の中にいることを感じる瞬間だ。撮影の合間に双眼鏡で天の川を見ると多くの興味深い天体が見つかる。星空散策とも言うが、星を観察することで理解を深めていくのだ。写真を撮る行為は、自分自身が過ごした時間の記録でもある。双眼鏡を手にゆったりと星を眺めれば、自ずと撮る写真も変わってくるのだ。

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    夏を代表する散光星雲メシエ8(下:干潟星雲)とメシエ20(上:三裂星雲)を、望遠鏡に「D810」を取り付けて撮影した。メシエ8はこれから星が生まれてくる領域だ。肉眼では見えにくいので、双眼鏡を使って探してからカメラで狙う。視野が広く明るい双眼鏡が向いている。

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    海を長時間露光で撮影するシリーズはライフワークだが、昼も夜も撮影している。海は一見穏やかに見える時も、突然大きな波がやってくることがある。波に飲まれる危険を回避するためには常に沖のうねりを見ていなければならない。昼は肉眼でも良いが、夜は双眼鏡が必要。ひとみ径が大きく明るい双眼鏡が必須だ。