デジタル写真の必修科目・カラーマネージメント講座 連載 第1回

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デジタル写真の必修科目・カラーマネージメント講座 連載 第1回(全5回)

カラーマネージメントの“要”は液晶モニターにあり!

ポジフィルムが写真の色彩表現の中心であった時代、ライトボックスは観察のための基準であり、光源の違いによって如実に差が見えることから、標準規格の普及が推進された。デジタル時代のライトボックスは液晶モニターであり、機種も多種多様で、正しく選び、適切に運用するためには知識が必要になる。色彩観察のキーデバイスである「液晶モニター」を理解することは、写真観察上の無用な誤解を払拭してくれ、写真を楽しむための要になるのだ。

小山壮二
小山壮二 Souji Koyama
1954年岡山県生まれ。写真家の山本弘之氏に師事し1979年独立、株式会社プロテック代表取締役に2006年に就任。デジタルフォト黎明期より、ポジフィルムとハイエンドスキャナーを使ったデジタル処理に取り組む。1995年プロ用デジタル一眼の導入に伴い、コマーシャルフォトグラファーとして自らのデータに責任を持つ姿勢を目指し、印刷、デザインとの連携を深め、カラーマネージメントの徹底により、いち早く撮影業務のフルデジタル化を完成する。料理、建築等の撮影業務とともに、カメラ雑誌への執筆やデジタルフォトセミナーを精力的に行う。

あなたはデジタル写真を正しく見ている?

 素晴らしい風景に出会い、一瞬を写し止めた写真を作品に仕上げて満足しても、翌日見るとかなり印象が違うと感じた経験はないだろうか。同じ写真なのに別の液晶モニターで見るとまったく印象が変わったり、同じ液晶モニターで見ても、時によって印象が異なるため、「デジタル写真の色彩が変わるのは仕方がない」という、間違った定説を耳にすることもある。一方で、液晶モニターの使いこなしが重要なことを知っているユーザーは多くても、「モニターキャリブレーション」を実践しているユーザーは残念ながら多くないのが現状だろう。
 フィルム時代のライトボックスの標準化と同様に、実はデジタル時代にも写真を観察する確固たるルールが存在し、画像データが持つ色彩を正しく再現するための「カラーマネージメント」という仕組みが用意されているのだ。ポピュラーになってきた「CMS」(シー・エム・エス)という言葉は、「カラーマネージメントシステム」を意味し、「いつどこでどの機器で見ても同じような色彩に見える」ことを目標とした仕組みだ。データが持つ色彩をいかに正しく表現するかが重要になる。
 カラーマネージメントの細部まで完全に理解することは困難でも、おおまかな要点だけを理解できれば利用上は十分といえる。特に急速に性能を高めてきた液晶モニターの使いこなしは、写真の観察環境を劇的に変化させるほど重要なポイントなので、ぜひ皆さんのデジタル写真ライフに取り入れてほしい。「モニターを制する者はデジタル写真を制する」のだ。

デジタル写真の色彩伝達について理解しよう!

 液晶モニターの使いこなしを理解する前に、デジタル写真を扱う上で色彩がどのように決まって、どのように表現されているのか、という大枠をつかんでおこう。これを理解すれば、カラーマネージメントの半分以上は理解できたといってもよいだろう。
 画像データが生成される機器の代表がデジタルカメラであり、デジタルカメラの設定には必ず「色域の選択」が存在している。sRGBまたはAdobe RGBのどちらかを選ぶケースがほとんどだが、どちらを選んでも作られる画像データが大きく変わるわけではない。デジタルカメラの画像データは、RGBおのおの0~255の数値で表され、最大1,677万色になる。使われる絵の具の混合割合のようなものだ。sRGBやAdobe RGBは、ICCプロファイルと呼ばれ、いわば絵の具の素性を表している。「RGBの数値」と「ICCプロファイル」の双方でひとつの色彩が表現されているのだ。その色彩は物理的に決められており、液晶モニターやプリンターの差異という機器の違いで変化する性質のものではない。

液晶モニター・プリンターの色再現を知る

 モニターの色再現では、モニター自体の色特性・ガンマ・白点の色(色温度など)・白点の輝度・黒点の輝度などの特性全般が、モニタープロファイルというICCプロファイルに記録され、表示時には画像データが持つ元の色彩を表現するために、どのように数値を変えれば同じ色彩が出るかを計算し、液晶モニターに信号が送られる。液晶モニターに送られるRGBの信号は、画像データそのものとは異なるが、結果的にデータの色彩が正しく表示される。
 しかし、どのような液晶モニターでもCMSによって色彩が正しく表現されるわけではなく、液晶モニターの性能に左右されることになる。Adobe RGBで記録できるデジタルカメラが増えるなか、最近はAdobe RGBカバー率をうたう広色域の液晶モニターが目立ってきたことは、カメラで生成された色彩を余すところなく観察できるので、大いに歓迎したい。比較的高価だが、手の届く価格になってきたことはユーザーとしてうれしいことだ。
 プリンターでの色再現でも、液晶モニターと同じように、データの色彩を正しく再現することが大原則だ。使用する用紙、印刷品質などによって決まる色彩再現特性を、ICCプロファイルとして記録し、適切な信号をプリンターに送ることで色再現のコントロールを実現している。一方で、色再現域がもともと狭いプリンターでは液晶モニターと色彩が異なる場合が多いことは否定できない。広色域のプリンターは作品作りには有効だが、デジタル写真の観察においては、やはり液晶モニターが要である点は変わりないのだ。

Webでデジタル写真を扱うときの基礎知識

液晶モニターを核とするCMSのイメージ 液晶モニターを核とするCMSイメージ  Webでのデジタル写真の観察は、実は液晶モニターやプリンター以上に厄介で、不特定多数の環境で観察されるという、限定しにくい要因を含んでいるため、「正しく観察できない」ことが定説化されている懸念がある。ページの表示にかかわるパソコンのOSにもWebブラウザにも、デジタル写真を正しく表示するための仕組みは内包されているのだが、しっかりと運用するにはそれぞれの知識が必要になる。液晶モニターをキャリブレーションし、カラーマネージメント対応のWebブラウザをしっかり設定して使えば、Webでの観察も飛躍的に正確性を増すことができる。
 例に挙げた3つのシーンすべてで、内部では機器特性を記録したICCプロファイルが働いており、画像データが持つ色彩を正しく再現しようとする。結果、液晶モニターとプリンターの色彩が一致して見えるのだ。どこかひとつでも欠けると正確な色再現はできない。画像データとICCプロファイル、機器とICCプロファイルというペアリングはカラーマネージメントを実現するためのキーワードといえる。実際にはICCプロファイルの共有だけでなく、観察する環境を考慮したキャリブレーションが必要であり、環境光も重要なキーとなるのだが、このあたりの詳細は次回以降に解説していきたい。

液晶モニターでデジタル写真を観察するときの仕組みを理解しよう

モニター色再現の仕組み モニター色再現の仕組み  画像データにも、プリンターや液晶モニターにも、ICCプロファイルを参照させると色彩を正しく表現することが可能になり、結果的に色彩がそろう仕組みを伝えてきたが、「液晶モニターを制する」にはもう少し詳しく知る必要がある。
 液晶モニターを調整することを一般的に「キャリブレーションする」というのだが、キャリブレーションとは液晶モニターの操作ボタンを使って明るさや色温度を調整することだけではない。キャリブレーションとは、目標とする白点の色温度と輝度(Tips参照)、ガンマ特性に調整することと、この作業の後に、液晶モニターの表示能力全般を測定器を使って計測し、ICCプロファイルとして保存するという、大きく2つのステップに分かれる。

 重要なのは実は後のステップであり、このICCプロファイルは上にある「モニター色再現の仕組み」の図のように、OSやアプリケーションで使用され、色彩が正しく表現できるよう、液晶モニターに信号を送る前に信号を変換するために使用される。結果的に異なる特性を持つ液晶モニターであっても同じ色彩が表示できるのだ。例えば、ガンマ1.8に設定した液晶モニターでも、ガンマ2.2に設定した液晶モニターでも、ガンマ値自体はモニターの特性であり、補正された信号がモニターに送られるため、表示される結果は変わらないのだ。

 WindowsやMac OSといったOS、Adobe Photoshopや主要なRAW現像ソフトなどのアプリケーションは、カラーマネージメントに対応している製品が多いので、複数のアプリケーション間での発色差も結果的に存在しなくなってきた。ただし、各アプリケーションの環境設定でモニタープロファイルを指定する必要がある場合と、OS側の設定を読み込んで使用する場合があるので、キャリブレーション後のICCプロファイルが使われているかどうかを確認する必要がある。

Tips 白点の目標輝度と色温度

 白点については、sRGBとAdobe RGBが白点をD65(相対色温度で6500K)に規格していることから、一見D65が正しそうに思えるが、実際には観察者の目がどの色温度で白いと感じるかに依存する。つまり、環境光の色温度に肉眼が順応するため、目標色温度は環境光に合わせることが基本となる。環境光をD65にした場合、日本では太陽光を含む平均的自然光との差が大きくなり、仮に室内をD65の人工照明とした場合には自然光との差によって、昼と夜で観察結果の差が大きくなってしまう。日本での平均的自然光に近いことから、筆者はD50色評価用蛍光灯をおすすめしたい。一方で輝度は、プリントとのマッチングを考えれば、白い紙の明るさと大きく懸け離れた明るさにはできない。80cd(カンデラ)~120cdまでが一般的住環境になじむ明るさだと考える。

液晶モニターが要になる“もうひとつの理由”

色域比較 色域比較  カラーマネージメントの仕組みで解説してきたように、機器が持つ色域以上にデータの色彩を表現できないため、画像データでAdobe RGBを使うなら、Adobe RGBが再現できる液晶モニターで観察するのが理想になる。現在、このような広色域を安定して再現できる機器は液晶モニターだけといってよい。右にある色域比較の図はAdobe RGBとEIZO ColorEdge CG222W(Adobe RGBカバー率92%の製品)とインクジェットプリンター エプソン PX-5800(クリスピア用紙)の色域を立体的に比較してみたものだ。プリンターではごく一部でAdobe RGBを超える色彩も再現できるが、正しい再現ができる大きさではない。一方、92%のカバー率ながらColorEdge CG222Wは、ブルーの一部以外はAdobe RGBとの差は小さい。筆者の実際の使用感でも、鮮やかな色彩を含まない場合は影響がないが、花などの鮮やかな色彩を含む写真では従来のsRGB準拠の液晶モニターでは見えなかった色彩と階調が再現されていて、見えていなかったことの怖さを痛感することになった。液晶モニターは観察の要であるがゆえに、その表示性能にもこだわりたいものだ。